2015年12月17日木曜日

『ユダヤ戦記』(ちくま学芸文庫):フラウィウス・ヨセフス

ユダヤ戦記〈1〉 (ちくま学芸文庫)ユダヤ戦記〈1〉 (ちくま学芸文庫)
フラウィウス ヨセフス Flavius Josephus

筑摩書房 2002-02
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【概要】
書名:ユダヤ古代誌
著者:フラウィウス・ヨセフス
訳者:秦 剛平
出版社:筑摩書房(ちくま学芸文庫、全3冊)
頁数:423頁(1巻)、394頁(2巻)、341頁(3巻)
備考:史書

【作者情報】
帝政ローマ時代の著述家、歴史家。紀元37年生まれ。ユダヤ人であったが、ローマ帝国とユダヤ人との間で行われたユダヤ戦争でローマ側に投降し、ローマ軍の一員としてエルサレム陥落に立ち会う。その後、ユダヤ戦争の顛末を描いた『ユダヤ戦記』、ユダヤ人の歴史をまとめた『ユダヤ古代誌』などを執筆し、100年頃にローマで死去したとされる。

【感想】
本書『ユダヤ戦記』は、『ユダヤ古代誌』に先だってヨセフスにより書かれた史書で、作者自身も参加したユダヤ戦争の顛末を描いている。ユダヤ戦争には、第1次ユダヤ戦争(66年-70年)と、バル・コクバの乱とも呼ばれる第2次ユダヤ戦争(132年-135年)があるが、本書によって語られるのは第1次ユダヤ戦争の方である。

ヨセフスは本書を書くにあたり、他の歴史家の記述は正しくなく、自分の記述こそが公平かつ正確であることを強調している。しかし実際には、戦力や戦死者数などには明らかな誇張があるし、腑に落ちない記述もある。ヨセフスの記述がどこまで正しいかは分からないが、ユダヤ人側の将として参加し、その後ローマ軍に投降したヨセフスがローマという異国の中で不利な立場に立たされないように慎重に書いたことは間違いないだろう。

エルサレムやユダヤ地方の美しい描写などもあるが、基本的には戦争の話なので、目をそむけたくなるような残酷な描写が多い。ヨセフスの筆は残虐な行為もオブラートに包むことなく真っ向から描いているのでなおさらだ。また、トゥキュディデスの『歴史』のように人物たちの演説を要所々々に挿入しており、高揚感などを煽るのに効果的に使われていると思う。

底本では7巻構成だが、ちくま学芸文庫では3巻に分かれている。以下では、特に断りのない限り、巻数はちくま学芸文庫を示すことにする。

[第1巻]
1巻は、戦争前のユダヤ人の状況が主に語られている。ヨセフスはユダヤ戦記に関係する出来事を語ると言っているが、実際にはユダヤ人の王国であるアサモナイオス朝の成立(紀元前140年頃)くらいから話を始めており、かなり前口上が長い印象を受ける。

戦争は、アサモナイオス朝の後を継いだヘロデ朝のアグリッパ2世の治世に起こる。アグリッパ2世は一応ユダヤ系の人間なのだが、実際にはローマ人であり、ユダヤ人の政治的な独立は失われていたといっていい。

そういう状況の中で、ユダヤ領のカイサレイアという街でギリシア系住民とユダヤ系住民の諍いが起こる。時のユダヤ総督のフロロスが対応するが、それがギリシア側に有利だったために、ユダヤ人の不満が爆発、各地に飛び火する結果になる。ここで、アグリッパ2世はユダヤ人の叛乱を食い止めようとかなり長く気合の入った演説をするものの、効果はなく、ユダヤ人はゼーロータイ(熱心党)と呼ばれる過激派の意向を受けて、ローマとの戦いに臨むことになってしまう。

ユダヤ人は、緒戦でローマ側のシリア総督ケスティオスを斥け、その後、ヨセポス(作者のヨセフスのこと。文章中では表記が異なる)を将軍としてユダヤの北に位置するガリラヤに赴任させる。そして、ヨセポスはガリラヤの都市を要塞化し、来るべく戦いに備えるのであった。

[2]
ユダヤの叛乱のことがローマ皇帝ネロ(本書ではネロン)の下に届く。事態を重く見たネロは、ウェスパシアノスを叛乱鎮圧のためにユダヤの地へ派遣する。ウェスパシアノスは、自身の息子ティトスと共に軍を集結させ、ヨセポスが要塞化したガリラヤに進軍する。

ウェスパシアノス&ティトスが率いるローマ軍とヨセポスが率いるユダヤ軍との戦いでは、ユダヤ軍も善戦するものの結局はローマ軍が優勢となる。ヨセポスは無駄死によりは投降を選ぶように兵士を説得するが失敗。残された兵士は自害し、ヨセポスはローマに投降する。ヨセポスはウェスパシアノスの前に連れて行かれると、ウェスパシアノスに向かって突然、あたなは将来皇帝になると予言し、そのことがウェスパシアノスに気に入られ、処罰を免れるどころか厚遇されることになる。

こうしてガリラヤを平定したウェスパシアノスはエルサレムに向かって進軍する。一方、ユダヤ人の聖都エルサレムでは、ギスカラのヨアンネス率いる野盗がゼーロータイと共に市民に対して暴虐を行うようになっていた。それに対して大司祭アナノスは市民を立ち上がらせてヨアンネスに対抗する。しかし、ヨアンネスは、ユダヤ系のイドマヤ人に対してアナノスは残忍であると中傷し、アナノス側に攻撃を加えさせ、アナノスを殺してしまう。そしてヨアンネスはエルサレムで独裁者として君臨することになる。

ウェスパシアノスはエルサレム周辺の都市を次々に陥落させ、後はエルサレムを落とすのみとなるのだが、ちょうどその時、ネロ皇帝が殺され、ガルバが皇帝に推挙される。しかし、ガルバは直ぐに部下のオト(本書ではオットー)に殺害され、さらにオットーはウィテッリウス(本書では、ウィテルリオス)の攻撃を受け自害し、ウィテッリウスが皇帝となる。それに腹を立てたウェスパシアノスは部下の兵士にローマ皇帝に推挙されると、エルサレム攻略を取りやめ、ローマの食物庫であるエジプトに向かい、そこを手中に収める。そしてシリア総督のムキアヌスをローマに進軍させる。ムキアヌスはウィテッリウスを破り、ウェスパシアノスはヨセポスの予言通り、名実ともにローマ皇帝となった。

一方、ユダヤの地では、ギオラスの子シモンが軍を組織し村々を荒らしまわっていた。ヨアンネスに反対する側の住人がヨアンネスと対抗するためにシモンの軍をエルサレムに導き入れる。そのため、エルサレムは内乱状態に陥り、さらにヨアンネスからエレアザロスが分派し、三つ巴の戦いが起こるなど混乱を極める。

そこに皇帝ウェスパシアノスからエルサレム攻略を命じられたティトスの軍隊が到着し、エルサレムを包囲する。そこでユダヤの暴徒たちは手を組み、ローマとの戦うことにするのだが、とばっちりを受けるのは市民である。暴徒たちに金品や食糧は強奪され、生活は劣悪に。このときの市民生活の描写は胸が痛くなるほど悲惨であり、戦争で最も被害を受けるのは弱者であるという「普遍的な」ことがここでも起こっている。しかし、そんな市民の生活をよそに戦いは続く。ローマ軍は城壁を破り、エルサレムの内部へと侵攻してくるのであった。

[3]
3巻は半分くらいが解説や年表、索引などに割かれていて、本文としては短い。
エルサレム内部での悲惨な生活は続いている。特に飢餓が極度に達し、自分の子供を食べるマリアのような者が出る始末だった。

ローマ軍がエルサレムの防御の要であるアントニアの塔を陥落させると、残りの暴徒たちは神殿内部に立て篭もり最後の足掻きを見せる。しかし、勝負は既についていた。ローマ軍は神殿内部に入ると、隠れていた暴徒の指導者ヨアンネスとシモンを捕らえる。ついにエルサレムは陥落したのだった。

ここで底本の6巻が終わる。底本の最後の7巻は後日追加されたもので、ユダヤ戦争の後日談のようなものになっていて、ヨアンネスやシモンの最後や、ウェスパシアノスやティトスの凱旋式の様子が描かれる。

そして、マサダの要塞に立て篭もった交戦派ユダヤ人の残党とローマ軍の最後の戦いが語られる。この戦いは、ユダヤ人の集団自殺という痛ましい出来事で幕を閉じ、ユダヤ戦争は完全に終結する。

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