2015年8月14日金曜日

『ペルシャの鏡』(工作舎):トーマス・パヴェル


ペルシャの鏡 (プラネタリー・クラシクス)ペルシャの鏡 (プラネタリー・クラシクス)
トーマス パヴェル Thomas Pavel

工作舎 1993-03
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【概要】
書名:ペルシャの鏡
著者:トーマス・パヴェル
訳者:江口修
出版社:工作舎(プラネタリー・クラシクス)
頁数:163頁
備考:連作短編小説集

【作者情報】
1941年のルーマニアに生まれ、その後、カナダに移住。

【感想】
作家や作品の雰囲気を別の作家の名前を使って譬えるのは便利ではあるけれど、その一方で、その作家や作品を型にはめて解釈することにもなってしまう。そのため、このような表現はなるべく避けるべきだとは思うのだが、ある種の作品に出会ったとき、避けがたい魅力を放つ表現が二つある。一つは「カフカ的」、もう一つは「ボルヘス風」。

トーマス・パヴェルの『ペルシャの鏡』は、いかにもボルヘス風な小説である。つまり、形而上学的な晦渋さと、探偵小説的な通俗性とが融合した遊戯的な小説ということだ。

『ペルシャの鏡』は、ライプニッツの「可能世界」をテーマにした五篇の連作短篇小説で構成され、各短篇では、ルイという学生が様々な「可能世界」を垣間見る。

最初の四篇はルイが読んだ書物について語られ、最後の一篇はルイが書いた未完の小説について語られる。ルイが読み書きした書物や小説は全て架空のものであり、プラトンの『饗宴』のパロディや、スーダンを舞台にした英雄叙事詩風な韻文悲劇などその内容は多彩だが、全て結末が固定されておらず、様々な解釈が可能で、その様々な解釈のそれぞれが「可能世界」を表すという構成だ。そして、架空の本がまた「可能世界」についての物語という入れ子構造を持っている。

ライプニッツの「可能世界」の考え方によれば、この現実世界は、様々な可能世界のうち神が選び給うた最善の世界である。しかし、本作における「現実世界」は、「最善の世界」という条件が外され、対等な「可能世界」の一つでしかない。

この重要な変更が本作を「哲学的な物語」ではなく「小説」にしていると思う。つまり、「可能世界」という形而上学的な概念を学術的に吟味しているのではなく、それを遊戯的に扱っているのだ。そして、この遊戯性が本書を魅力的なものにしている。


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