ユダヤ古代誌〈1〉旧約時代篇(1−4巻) (ちくま学芸文庫) フラウィウス ヨセフス Flavius Josephus 筑摩書房 1999-10 売り上げランキング : 208600 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
【概要】
書名:ユダヤ古代誌
著者:フラウィウス・ヨセフス
訳者:秦 剛平
出版社:筑摩書房(ちくま学芸文庫、全6冊)
頁数:446頁(1巻)、351頁(2巻)、400頁(3巻)、413頁(4巻)、368頁(5巻)、451頁(6巻)、
備考:史書
【作者情報】
帝政ローマ時代の著述家、歴史家。紀元37年生まれ。ユダヤ人であったが、ローマ帝国とユダヤ人との間で行われたユダヤ戦争でローマ側に投降し、ローマ軍の一員としてエルサレム陥落に立ち会う。その後、ユダヤ戦争の顛末を描いた『ユダヤ戦記』、ユダヤ人の歴史をまとめた『ユダヤ古代誌』などを執筆し、100年頃にローマで死去したとされる。
【感想】
本書『ユダヤ古代誌』は、神による天地創造からユダヤ戦争の直前までのユダヤ人の歴史をまとめた史書である。ユダヤ人の歴史を描いた書物といえば、いわゆる『旧約聖書』が存在するが、『旧約聖書』は単なる歴史書ではないため、読み解くのは容易ではない。
例えば、創世記の冒頭から既に矛盾がある。天地創造の六日目で草木を創っておきながら、七日目の後で地にはまだ木も草もないと語られたり、神の似姿の男女を創造した後で、アダムの肋骨からイブを創る記述があったりする。これは、旧約聖書を複数の資料から編纂したために生じたものだとされている。また、出エジプト記までは、まだ物語性も高く比較的読み易いのだが、レビ記に入ると、律法(生活に関する規定)が大半を占めるため、読むが辛くなってくる。
それに対して『ユダヤ古代誌』は、『旧約聖書』を主に利用しつつも、複雑なユダヤ人の歴史を他の民族にも分かりやすく示すことを目的としているため、歴史の流れを理解しやすくなっている。もちろんその反面、様々な要素が抜け落ちることになるわけだが、『旧約聖書』にはない要素も加わっているので、一長一短である。
ヨセフスは、基本的には、淡々と「事実」を語るのだが、時々「主張」を入れてくる。特に何度も強調されるのは、権力が人を堕落させるということである。ありふれた主張ではあるが、人が未だに陥る業なので、今一度確認しておくことも無駄ではないだろう。
[第1巻]
第1巻は、天地創造からモーセの死まで。
天地創造に始まり、アダムとイブの楽園追放、カインによる最初の殺人、大洪水とノアの箱舟、バベルの塔の崩壊など有名な神話が続く。その後、アブラハムの物語、イサクとヤコブ物語、モーセの物語と徐々に歴史的な色合いが出てくるが、基本的には、第1巻で描かれているのは、神話の時代である。
洪水を生き残ったノアの子孫であるアブラハムの物語で極めて重要なことが語られる。つまり、アブラハムは神からカナンの地(パレスチナ)が与えられるのだ。これは今なお続く中東問題の根の一つになっている。ただし、アブラハム自身は敬虔で賢明な人物である。
アブラハムの子供と孫にあたるイサクとヤコブの物語は、家族愛(同族愛)に関する一種の寓話のような物語で、心を打つものがある。「ヤコブの梯子」として有名な逸話も含まれている。このヤコブの子孫がイスラエルの12部族を形成している。ちなみに、イサクの異母兄弟にあたるイシュマエルを祖とするイシュマエル人がアラブ人になったとされている。
モーセの物語は、ユダヤ人の歴史の起点だと思う。エジプトで隷属的な地位にあったユダヤ人をエジプトから脱出させたモーセに従い、そのモーセの神と契約を結んだ者こそがユダヤ人だからである。奴隷が大国エジプトから、しかも集団で脱出するだけでも奇跡的なのだが、それをドラマチックなエピソードで彩っているので、物語としても非常に面白いし、ファラオの強情さや直ぐ弱気になるユダヤ人などに人間の普遍的な姿を見ることができる。
エジプトを脱出したモーセは、シナイ山で神から十戒を受け、その十戒を記した石版を入れる契約の箱を作る。その後、モーセは内部の不和を収めつつ、カナン人との戦いに明け暮れることになる。また、第1巻には、モーセの行動だけでなく、律法の一部が比較的多めに紹介されている。
[第2巻]
第2巻は、ヨシュアによるカナン征服からソロモン王の即位まで。
モーセの後を継いだヨシュアは、カナン人との戦いを続ける。ヨシュアは、モーセからカナン人を殲滅するように指示されており、実際に敵の都市を落とすと、女、子供関係なく虐殺する。今後、敵を殲滅することが古代ユダヤ人にとっての「正しい戦争」となるのだ。
殲滅戦では、自分たちの被害も大きくなるので効率的だとは思えないが、それでもヨシュアが率いるユダヤ人は強く、カナンの地を概ね制圧してしまう。ヨシュアは、制圧した土地をイスラエルの12部族に分配する。ちなみに、イスラエルの部族には、土地を分配された12部族の他に、土地を持たない祭司階級を構成するレビ族が存在する(レビ族を12部族に入れることもある)。
ヨシュアの死後は、部族ごとに士師と呼ばれる指導者に従う士師の時代となる。士師の時代のユダヤ人は、各地でカナン人などと戦いながら領土を広げていく。ただし、カナン人を殲滅するのではなく、カナン人と共存するという合理的な選択も多くみられるが、神はこれを善しとはしない。
士師には、女予言者デボラなど興味深い人物もいるが、全体としては小粒な印象を受ける。その中では、愛するデリラに騙されて力の源である髪を切られて敵に捕まってしまう怪力サムソンの有名なエピソードが目を引く。
最後の士師サムエルは例外的に偉大である。幼い頃から敬虔で神に愛されたサムエルは、イスラエルの歴史の中でも最も偉大な指導者の一人だろう。ペリシテ人に奪われていた領土を取り返しただけでなく、それ以降ペリシテ人の侵攻を寄せ付けず、また、肉欲や権力に溺れることもなく、誠実に種々の預言でイスラエルの民を導く、まさに理想的な指導者だった。
そのサムエルも歳には勝てず、年老いてからは息子たちに頼るようになるが、この息子たちは出来が悪く、民から見放されてしまう。そして民はイスラエルも他の国と同じように王を擁立するようにサムエルに頼むのだった。サムエルは、民の上に神とは別の「王」を据えることに反対するが、民は納得しない。そこでサムエルは仕方なく、預言に従ってサウルを王に選ぶ。
こうしてイスラエル王国の最初の王となったサウルは、当初はサムエルと協力しながら王国を良く導くが、「アマレク人を殲滅せよ」という神の命令に背いたことで、神とサムエルに見放されてしまう。
そこでサムエルは、次の王となるべきダビデを見出す。ダビデは非常に美しく、賢くそして勇気もある。ペリシテ人の最強の戦士である巨人ゴリアテを投石で仕留めるなど、武勇を重ねると、サウルからも寵愛されることになる。しかし、ダビデの民からの人気が高まるにつて、サウルはダビデに嫉妬するようになる。
サウルとダビデの確執と戦いは、王者の風格と威厳を持つダビデがサウルを(少なくとも精神的には)終始圧倒する。そして、サウルがペリシテ人との戦いで戦死すると、サウルとは血の繋がりのないダビデがユダで王位に就き、その後、イスラエル全体の王となる。
ダビデは、美しい人妻バテシバの夫ウリヤを危険な戦地へ送って殺してからバテシバを自分の妻に迎えるという非道な行いや、息子のアブサロムの反乱でアブサロムを意に反して死なせてしまうなどするが、概ね立派に王国を治めたといえるだろう。
ダビデの死後、ダビデとバテシバの子ソロモンが王国を継ぐことになる。
[第3巻]
第3巻は、ソロモンの時代からアレクサンドロス大王の時代まで。
ソロモンはダビデ以上に優秀で公平な王として描かれる。実際、ソロモンは、ダビデが熱望したが神から血に塗られ過ぎているという理由で拒絶された神殿の建造などの大規模な公共事業などを行い、イスラエル王国の発展に努める。そしてソロモン王の下で、スラエル王国は最盛期を迎えるのだった。
ソロモンの死後、息子のレハブアムが王国を継いだが、不用意な言葉により臣民の反感を買ってしまい、イスラエルの12部族のうち10部族が離反してしまう。離反した側の10部族は、北側にイスラエル王国を建国し、レハブアムは、自分の下に残ったユダ族とベニヤミン族を従え、南側にユダ王国を建国する。
イスラエル王国とユダ王国の歴史は、おおよそ同年代の事件が語られるように交互に描かれ、さらには両王国で同時期に同名異人が王になったりするなど、かなり煩雑であるが、フラウィウスの筆は、概ねダビデの血を引くユダ王国に甘く、ダビデの血を引かないイスラエル王国には厳しい。
イスラエル王国は、ユダ王国よりも国力があったようだが、クーデターなどにより王朝が頻繁に変わり力を失っていき、最終的にはアッシリア(新アッシリア王国)に滅ぼされてしまう。その際、10部族はアッシリア本国に連れ去られ、消息を絶つ。この10部族がいわゆる「イスラエルの失われた10部族」である。
ユダ王国は、イスラエル王国とは異なり、ダビデの血を引く一族が王位を引き継いでいく。それらの王の多くがイスラエルの王よりも肯定的に描かれており、ユダ王国が正統な王国であることが仄めかされている。しかし、そんなユダ王国も、滅亡はかろうじて免れたものの、アッシリアの完全な属国となってしまう。その後、宗主国がアッシリアからエジプト、そしてバビロニア(新バビロニア)へと移る。そしてバビロニアに反旗を翻すものの失敗、ユダ王国の首都エルサレムとその神殿は破壊され、さらに王や貴族階級の人々はバビロニア本国に捕囚されてしまう(バビロン捕囚)。これにより、ユダヤ人の独立国は失われてしまう。
バビロニアが新興国ペルシアのキュロス大王に滅ぼされると、バビロニアに捕囚されていたユダヤ人は解放され、エルサレムに戻り、神殿を再建する。しかし、独立は叶わず、ペルシアの次は、アレクサンドロス大王が率いるマケドニアに支配される。
本書では、この大きな歴史の他に、捕囚されたユダヤ人の一人で賢明さによりバビロニアで重用されたダニエルの物語や、薄幸なユダヤの少女からペルシアの王妃になるエステルの物語など、面白い歴史物語が収録されている。特にヨセフスがダニエルを非常に高く評価している点は注目に値する。
[第4巻]
第4巻は、主にアサモナイオス朝(ハスモン朝)について描かれるが、先ずは、エジプトのアレクサンドリアにおける七十人訳聖書成立の過程が説明される。出来上がった翻訳は今後一字一句変更しないことが取り決められるなど、普通の書物の翻訳と、聖典の翻訳とは全く別物である。なお、七十人訳聖書は、簡単に言えば、旧約聖書のギリシャ語訳のことである(正確に言えば、少し違う)。
さてアレクサンドロス大王の死後、ディアドコイ戦争と呼ばれる後継者争いが勃発し、アレクサンドロス大王の膨大な領土は分割される。聖地エルサレム周辺に住むユダヤ人は、当初プトレマイオス朝エジプトの支配下に入るが、その後、セレウコス朝シリアに編入される。
そしてシリアがユダヤの律法を蔑ろにする行為を取ると、ユダヤ人たちは、不満を爆発させ、司祭のマタティアスを指導者としたアサモナイオス一族が中心となってシリアに反乱を起こす。マタティアスは比較的早く戦死してしまうが、息子たちは非常に優秀であった。先ず、マタティアスの後を継いだのは、マカバイと呼ばれたユダ(ユダ・マカベウス)で、この反乱は彼の名をとってマッカバイオス戦争と呼ばれる。
マッカバイオス戦争では、ユダが倒れると、その兄弟のヨナタンが後を継ぎ、ヨナタンが倒れると、その兄弟のシモンが後を継いだ。そしてシモンの時代に、遂にエルサレムからシリア軍を追い出し、ユダヤ人は再び独立を手に入れる。これがアサモナイオス朝である。
アサモナイオス朝は、自国の後継者争いだけでなく、隣国であるシリアやエジプト、そして地中海世界で存在感を増してきたローマなどとの駆け引きに明け暮れるなど、平穏とはいかないが、それでも強かに100年ほど続く。アサモナイオス朝の歴史を総括すれば、愚かな行為もあるが、強国に囲まれた中で上手く立ち回ったと思う。
アサモナイオス朝は、一旦はローマのポンペイウス(カエサルとの第一回三頭政治で有名なポンペイウス)によって占領されてしまうのだが、その後も、ローマの意向とユダヤ人側の駆け引きなどにより細々と続く。
しかし、結局、ローマの後ろ盾を得たヘロデがアサモナイオス朝を滅ぼし、自らユダヤの王となる。ヘロデは、血筋的にはユダヤ系ではないのだが、アサモナイオス朝の最後から2番目の王の孫娘を娶り、その際に、割礼を受けユダヤ人となった人物である。
[第5巻]
第5巻は、全てヘロデ大王の治世に当てられている。
アサモナイオス朝を滅ぼしたヘロデ大王は、元々アントニウス(第二回三頭政治で有名なアントニウス)の援助を受けていたが、アントニウスがオクタウィアヌス(アウグストゥス)に敗れると、直ぐにオクタウィアヌスに取り入って、権力の維持に成功する。悪く言えば、ローマの犬なわけだが、ヘロデは、そうしなければ生き残れないことを知っていたし、状況を適確につかみ、(権力を維持および拡大するための)最善の手を打つ能力があったといえるだろう。
ヘロデは、アサモナイオス朝の王族の生き残りや反抗的な司祭を処刑したり、民に重税を課したりなど独裁を敷く一方で、神殿を建て直したり、港や要塞などを建造したりするなどの公共事業も行っている。
ヨセフスは、基本的にヘロデを権力に溺れた悪人のように描くが、古代イスラエルに最大の繁栄をもたらせたことは認めざるを得ない。ただし、この繁栄は対外的には繁栄に見えたということかもしれない。例えば、立て直した神殿は、ローマの人々にも評判になるほど豪華絢爛であったが、イスラエルに住むユダヤ人にとっては、むしろ搾取された証として映った可能性が高い。
晩年のヘロデは、多くの独裁者がそうであったように疑心暗鬼を募らせ、跡継ぎとして考えていた自分の息子たちさえも処刑したり、別の息子の暗躍を許したりするようになってしまい、最後は、原因不明の病気に罹り、苦しみの中で死んでいった。
凄まじいのは、その死に際である。自分が死ねばユダヤ人が喜ぶことを知っていたヘロデは、大勢のユダヤ人を競技場に閉じ込め、家来たちに自分が死んだ後にそのユダヤ人を全て殺すように指示したのだ。そうすれば、ヘロデの葬儀は、殺されたユダヤ人の家族が悲しむ中で執り行われるというのである。極悪非道とはこのことだ。しかし、これは実行されず、ヘロデの妹のサロメなどによって、閉じ込められていたユダヤ人は解放される。
[第6巻]
第6巻は、ヘロデ大王の死後からユダヤ戦争の直前まで。また、「ヨセフスのキリスト証言」と呼ばれる、聖書を除く古代の書物におけるイエス・キリストについての唯一の記録が存在するが、これが非常に短く、『ユダヤ古代誌』の中では特に重要なエピソードとして扱われてはいない。
ヘロデ大王の死後、領土はヘロデ大王の遺言に従って3人の息子ヘロデ・アルケラオス、ヘロデ・フィリッポス、ヘロデ・アンティパスに分割されることになったが、ローマ帝国は、息子たちが王を名乗ることを許さず、領主という低い地位での統治となった。なお、ローマ帝国に没収された領地などもある。
後を継いだ3人の息子のうちアルケラオスとアンティパスは失政により追放され、その領土はローマに編入されてしまう。フィリッポスは死去するまで領土を治めたが、領土を自分の息子に継がせることはできず、時のローマ皇帝ガイウス(カリギュラ)と親しかったヘロデ大王の孫のアグリッパ(ヘロデに処刑されたアリストブロスの子)が領土を引き継ぐこととなる。アグリッパには、皇帝ガイウスによりアンティパスの元領土が加えられ、そしてガイウスの死後、皇帝クラウディウスによりアルケラオスの元領土も加えられ、王の地位を得た。
また、本巻では、ユダヤの歴史とは直接関係のないガイウス暗殺の一部始終などが詳細に書かれているなど、ユダヤが完全にローマの一部に組み込まれたことをうかがわせる。
アグリッパの死後、その領土はローマに没収され、ユダヤ人はローマから派遣されたユダヤ総督の支配下での生活を余儀なくされる。
一応、その後、アグリッパの息子アグリッパ二世の統治が認められるようになるのだが、ほとんど意味あるものではない。このような総督の支配下でユダヤ人たちは不満を募らせていき、対ローマ戦争であるユダヤ戦争へと突入するのだが、その直前で本書は幕を閉じる。
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