2016年9月13日火曜日

『この私、クラウディウス』:ロバート・グレーヴズ(みすず書房)

この私、クラウディウスこの私、クラウディウス
ロバート グレーヴズ Robert Von Ranke Graves

みすず書房 2001-03-15
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【概要】
書名:この私、クラウディウス
著者:ロバート・グレーヴズ
訳者:多田智満子、赤井敏夫
出版社:みすず書房
頁数:480頁
備考:長編小説

【作者情報】
1895年生まれ、1985没。イギリスの詩人、小説家。『アラビアのロレンス』(トーマス・エドワード・ロレンスの評伝)の作者としても有名。

【感想】
養父カエサルの後を継いでローマの初代皇帝となったアウグストゥスは、その後、5代皇帝ネロまで続くユリウス・クラウディウス朝の礎を築く。ユリウス・クラウディウス朝の諸皇帝の血脈は、家系図を書くだけでも一苦労するほど複雑であって、それは、ユリウス・クラウディウス朝内での権力闘争の激しさを物語っている。

人は権力闘争の物語が好きだ。様々な人物が入り乱れて、欲望をぶつけ合い、憎み、策を練り、共謀し、裏切り、戦い、つかぬ間の休息に心を休め、友情や愛情を育み、そして殺し、殺される。そこには善人もいれば、悪人もいる。聡明な人間もいれば、愚かな人間もいる。幸運に笑う者もいるし、不運に泣く者もいる。しかし、闘争の中に名を残す者は、不思議とみな魅力的だ。

本書『この私、クラウディウス』は、クラウディウスの自伝という体裁であるが、実際にはユリウス・クラウディウス朝の権力闘争などを描いた大河ドラマである。面白くないわけがない。

クラウディウスは、4代皇帝となる人物だが、その人生は波乱万丈。アウグストゥスの2番目の妻リウィアの連れ子ドルススの次男として、アウグストゥス治世下の紀元前10年に生まれる。生まれつき障碍を持ち、どもり症であったために、皇帝の一族であるのに関わらず、公務にはほとんど就かず、歴史家として著述活動などを行っていた。権力とは無縁な生活であったが、それが却って功を奏し、2代皇帝ティベリウスや3代皇帝カリグラによる粛清の波に飲まれず、カリグラ暗殺後に4代皇帝に担がれる。

つまり、クラウディウスはアウグストゥスからカリグラまでの治世を生き抜き、その時代を皇帝家内部から(歴史家としての視線で)見ていた稀有な人物ということになる。ユリウス・クラウディウス朝を描く大河ドラマの語り手として、これ以上の人物は望めない。クラウディウスに目をつけたのは慧眼だったと思う。

作者のグレーヴズは、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』などの一次資料を読み込み、史実にかなり忠実に作っているが、退屈な事実の羅列に陥ることなく、それぞれの人物に彩を与え、資料にない隙間を埋め、歴史小説としてしっかりと仕上げている。また、本書では、クラウディウスが予言に従い、約2千年後の人々(要するに現代読者)に向けて書いたという設定を導入することで、クラウディウスの自伝という体裁にも関わらず、我々のような遠い読者に対しても配慮されているのである。まさに至れり尽くせりだ。

注目点は、色々あるが、特にアウグストゥスの2番目の妻リウィアが目を引く。本書においてリウィアは、暴君カリグラを超えた最凶の人物であり、そして最高の政治家でもある。リウィアの前には、アウグストゥスでさえ形無しで、全てを支配するのはリウィアである。ユリウス・クラウディウス朝の繁栄はひとえにリウィアのお蔭であり、皇帝なんてお飾りである。逆らうものは当然消されるが、逆らわなくても邪魔なら消される。クラウディウスだって消されても不思議ではなかったがなんとか生き残る。

この強烈な個性は、本書で最も輝く星だと思う。しかし、残念なことに途中で死んでしまう(史実なので仕方ない)。その後もティベリウスやカリグラなどがクラウディウスを苦しめ、息の付けない展開が続くが、リウィアの生前に比べると勢いはやや劣る。

クラウディウスが皇帝になったところで本書は幕を閉じる。皇帝になった後のクラウディウスを描いた続編もあるらしいのだけど、邦訳はない。クラウディウスの4番目の妻であり、ネロの母でもあるアグリッピナがどのように描かれているか興味があるので、誰か訳してくれないだろうか。



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